ぐしゃぐしゃになった絵本と、出口のないトンネルの中で— うつの記憶をたどる手記(共感と理解のために)

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昨年8月、うつになった。
9月には入院をすすめられるほどで、消えてしまいそうだった。
けれど自営業で特に保険も使えなかったという事情もあり、僕は丸1か月の休業を選んだ。
あれから1年。だいぶ回復した。

病気は辛くて憎い——お金は全部なくなった——でも、感謝していることもある
この手記は、その間に見た景色の記録だ。
同じ気持ちにいる誰かへの共感と、まだ経験のない人への理解の橋になれば嬉しい。

不安の倍々ゲーム

不安は常に付きまとい、ジャンルを選ばず襲ってくる。
「このままだと死んでしまうのでは」「もっとひどくなるのでは」「この苦しみは一生続くのでは」。
よぎるたびに、2倍、4倍、8倍、16倍と勝手に脳が増幅する。
泣けたら楽かもしれないのに、感情は薄くなって叫ぶこともできない。
迷惑を考えてしまい、誰かに相談できず、“ちゃんとした大人”であろうとして、さらにためこんでしまう。

体も、味覚も、ゲームも止まる

趣味のゲームはメニュー画面のまま固まる。起動しても5分もたない。
何を食べても味がしない——正確には「わからない」。
味わおうと意識した瞬間に吐き気がせり上がる。嫁さんと会話しながら、無理せず、飲めそうなものだけを胃に流し込む。それでも、どこかでトリガーが入ると、負の感情がまた倍々でリフレインする。

言葉がほどけない

救いを求めて誰かに話そうとしても、頭の中は支離滅裂で文章が組み上がらない。
呪詛みたいな言葉の断片だけが浮かぶが、それを相手にぶつけることはできない。
結果、「最近ちょっと限界なんだよね。なんとか頑張るよ」と、少しおどけて伝えるしかない。

コントロールの外側で

リフレインする感情が、自分のコントロール外にあるのが恐ろしい。
自分の心なのに止められず、すぐに暴走する。地獄だ。あまりに辛い。本気で救済を願った。
自分を終わらせてしまう人の気持ちが、初めてわかった瞬間でもあった。

自傷の代わりにできたこと

肉体への刺激で、いっとき落ち着く瞬間があるのも知ってしまった。
太ももや頭を叩いて青あざ——もちろん、これは多くを悲しませるし、解決にはならない。
だから代わりを探した。体が疲れるまで歩く。「触りだけ」でも筋トレをする。冷えピタや氷枕で頭や首を冷やす。僕にはそれが“自傷の代替”になった。
そして、現代医療は進歩している。
一刻も早く医療につながること。薬の“リスク”より、今の状態を放置して心身を削るリスクのほうが大きい——当時の僕はそう学んだ(治療は医師と相談して決めるのが大前提)。

脳からメンタルへ

僕の感覚だと、うつは“メンタルから始まる”というより、脳から命令が来て心にくる
ここがコントロールできないから地獄なんだと思う。この地獄は、経験した人にしかわからない。
そして、その地獄の記憶は刻まれる。二度とならないように、脳は過保護になる。
パニックや動悸など、さまざまな症状を“起こして守ろうとする”。怖がらなくていい。過保護でいてくれて、ありがとう、脳。そう思おう。

フラッシュバックと「馴化」

うつを楽にするには、うつの記憶を薄めることが大切だと思う。
思い出すとすぐフラッシュバックする——それは“異常”ではなく、脳が僕を守ろうとして危険サインを鳴らす自然な反応。
時間とともに、人は刺激に馴化していく。完全に消えなくても、輪郭は少しずつ丸くなる。

ジェットコースターの前(波を生きる)

ジェットコースターに乗る前の不安とドキドキが止まらない。
「落ち着いた」と思った数分後、前触れなく突然またやってくる。
そして、この症状には寄せては返す“波”がある。
波は深くなったり浅くなったり姿かたちを変えながら来る。そのたびに一喜一憂するし、ときに「やっぱりダメだ」と絶望する。
でも、波は来ては去り、来ては去る。その繰り返しの中で、わずかでも改善に向かっている。波のたびに信じられなくなるかもしれないけれど、大丈夫だと信じきること——その頑固さこそが回復の燃料になるように思う。

ぐしゃぐしゃの絵本と、出口のないトンネル

「たくさんの夢を描いた絵本はぐしゃぐしゃになった。」
「出口のないトンネルだ。一筋の光すら見えない。」
当時の僕には、こうした比喩しか思いつかなかった。
けれど、後から気づいた。絵本は一度ぐしゃぐしゃでも、ページは捨てられていなかったこと。トンネルは出口が見えなくても、足は前に出せたこと。進んでいたのだ。


未経験の人へ——理解のための短いメモ

  • 解決より“そばにいること”:助言より、隣に座ってくれるだけで助かる。
  • 判断を迫らない:選択肢は2つまで。期限は緩く。
  • 連絡のハードルを下げる:「未読でOK」「返事は要らないスタンプでOK」の合図を。
  • 食べやすいものを一つ:ゼリーでもスープでも。残っても責めない。
  • 予定は“キャンセル自由”で:当日ドタキャン可の約束は命綱。
  • 言葉の順番:「大変だったね」→「今いちばん辛いのは?」→「一緒にできることは?」

同じ渦の中にいる人へ——小さな約束

  • 2分の呼吸:4秒吸って6秒吐く。吐くときふーじゃなくてため息のはぁー。タイマー2分。
  • 5-4-3-2-1:見える5つ/触れる4つ/聞こえる3つ/嗅げる2つ/味わえる1つ。出来る範囲でよし。
  • 冷やす:氷枕・冷えピタ・足首手首を冷水に。安全な刺激で“代替”。
  • 歩く or 触りだけ筋トレ:結果は求めない。形だけでいい。歩こう。お願いだから歩こう。
  • 食べられる形:固形が無理なら液体、甘味が無理なら塩味。ひと口でOK。
  • 医療につながる:病院や薬は“弱さ”ではなく戦略。怖さは医師と一緒に持つ

マインドセット(波を渡るために)

症状には寄せては返す波がある。深くなったり浅くなったり、ときには姿を変えて現れる。そのたびに一喜一憂して、信じたい気持ちが折れそうになる。でも振り返ると、波は来ては去り、また来ては去っていた。僕が少しずつ楽になったのは、波の合間に「考え方の置き場所」をつくれたからだと思う。

まずは「大丈夫」を信じきる練習だ。根拠が揺れる日ほど、言葉だけは揺らさない。息を吐く終わりに合わせて、ゆっくりと「だいじょうぶ」と心の中で唱える。十回でいい。声に出せるときは小さく口にする。ひとりで難しい日は、人に頼る。「返信いらないから、いま『大丈夫だよ』って一言だけ送ってもらえる?」と具体的にお願いする。無理やりでもいい。誰かの声が、心の背もたれになる。

次に、疲れた思考のためのやさしいルールを持つ。選択肢は二つまでに絞る(AかB)。どちらを選んでも「正解」に近づくよう、ハードルを低くする。「やる/やらない」ではなく「2分だけやる」に置き換える。二分経ったら完了扱いにする。決められないことは、手帳に再確認の日付を入れていったん閉じる。こうして判断の重さを軽くする。

言葉は刃にも盾にもなる。僕は自分の頭の中にやさしいセルフトークを置く練習をした。
事実だけを短く述べる――「いま心拍が速い。息はできている」
仮説ではなく観察を――「不安が強い。危険は起きていない」
時間のラベルを貼る――「これは『いま』の波。永遠ではない」
そして最後にひとこと――「よくやってる。今日はここまででいい」
これで、思考の暴走に小さな柵ができる。

助けを求めることにもハードルがある。だから文面は前もって用意しておく。たとえば――

今つらくて、安全のために誰かと少しだけ話したいです。
通話は5分以内で大丈夫です。
「大丈夫だよ」の一言だけでも助かります。

送る相手がいない夜もある。そんなときはスマホのメモに保存しておくだけでもいい。「助けて」は、書き出すところから始まる。

情報との距離も大切だ。恐らく不安に駆られて様々なYOUTUBEのコメント欄やSNSで生っぽい情報を集めてしまうと思うが、安心する反面、不安を煽るものも多いと思う。1のネガティブは10のポジティブでもないとひっくり返せない。体調が荒れている日はニュースやSNSはなるべく見ないように意識をして欲しい。見ないことは逃げではない。燃料を足さないという選択だ。

そして、効かない日があっても失敗ではない。同じ手当てが効く日もあれば、まったく手応えがない日もある。そんな日は「作戦を温存した」と解釈して寝かせる。
小さな“できた”を一行だけメモする――「呼吸2分」「SNSオフ」「スープ飲めた」。週に一度、増やしたいのは量ではなく、自分への優しい言い方だ。

最後にもう一度。「大丈夫」を信じきる。根拠はあとから追いつく。誰かに借りた「大丈夫」でもいい。何度でも重ねていくうちに、言葉は少しずつ体のほうへ届く――僕はその変化を、確かに感じた。

おわりに

「良くなった側の言葉」が少ないのは、語れるころにはもうその場所から離れたいからだと思う。僕もそうだ。それでも、どこかの夜に小さな灯になれたら――その願いで、このページを残す。
それに川越にいったら僕は居る。よかったら珈琲でも飲んでさ、少し吐き出していきなよ。

ここで、いまの僕の見方を一つだけ。
僕は、今だって少し過労になったりストレスがあると、不安→動悸→食欲低下→不眠という連鎖が起きてしまう。小さなパニックは幾度となく訪れる。しかし、これを「壊れたからだ」とは呼ばない。

長生きスイッチが作動して、「無理をしないで」と教えてくれているだけだ。むしろ寿命は伸びている。無理を避けるために、からだが気づけるようになったからだ。

「昔はもっと平気だった」? それは無頓着だっただけかもしれない。
昔のメンタルに戻らなくていい。むしろ戻らないほうがいい。
いまの君は波に気づける。だから壊れる前に止まれる。いまがベストだ。
いちばん長く生きられるチューニングになったのだから。

少し、自分を甘やかそう。やれる範囲で少しずつでいい。それが、僕たちの生存戦略だ。

そして最後に――「後遺症」「一生付き合う」「割れた茶碗」という言葉に、僕は反発する。
骨折した場所は、太くなる。傷は無かったことにはならないけれど、僕たちはその上から強くなれる。脳よ、過保護でいてくれてありがとう。僕は僕で、少しずつ馴化していく。
ぐしゃぐしゃになった絵本のつづきを、また描き直していけるように。